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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)141号 判決 2000年6月29日

原告

フロイント産業株式会社

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁護士

大場正成

尾崎英男

嶋末和秀

同弁理士

【B】

【C】

被告

上野製薬株式会社

代表者代表取締役

【D】

訴訟代理人弁護士

品川澄雄

同弁理士

【E】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

特許庁が平成8年審判第14783号事件について平成9年3月31日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、発明の名称を「食品保存剤」とする特許第2066508号の発明(昭和59年11月3日出願、平成3年9月4日出願公告、平成8年7月10日設定登録。以下「本件発明」という。)の特許権者である。

被告は、平成8年8月30日、原告を被請求人として、本件発明を無効にすることについて審判の請求をし、特許庁は、これを平成8年審判第14783号事件として審理した結果、平成9年3月31日に「特許第2066508号発明の特許を無効にする。」との審決をし、同年5月19日、その謄本を原告に送達した。

2  本件発明の要旨(特許請求の範囲の記載)

「常温下に水分活性が0.60~0.95の食品を共存させた状態において測定した平衡含水率が28重量%以下で、細孔容積が0.6ml/g以上の粉末状多孔性吸着剤にエタノール又はエタノール濃度80容量%以上の含水エタノールを担持した粉末状食品保存剤。」

3  審決の理由

審決の理由は、別紙審決書の理由の写しのとおりである。要するに、本件発明に該当する粉末状食品保存剤を包含する商品「アンチモールド102」が、本件発明の特許出願前に日本国内において公然実施をされていたので、本件発明は、特許出願前に日本国内において公然実施された発明と認められ、したがって、特許法29条1項2号に該当し特許を受けることができない、とするものである。

第3原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、2頁2行ないし18行(手続の経緯及び本件発明の要旨)、2頁19行ないし4頁13行(請求人の主張及び提示した証拠方法)、4頁14行ないし5頁4行(被請求人の主張及び提示した証拠方法)、5頁5行ないし18行(「Ⅳ.当審・・・提出している。」)は認める。5頁18行ないし7頁18行(「そこで・・・できない。」)、7頁19行ないし8頁4行(むすび)は争う。

審決は、昭和55年当時のアンチモールド102(以下「旧アンチモールド」という。)について、その具体的構成を全く認定することなく、本件発明の特許異議に係る平成4年7月24日付けの試験報告書(以下「本件試験報告書」という。)に掲載されている食品保存剤の製品名が「アンチモールド102」で、旧アンチモールドのそれと同名であるという点のみを根拠にして、旧アンチモールドが本件発明と同一であると認定した。しかし、原告が本件試験報告書に係る試験に用いたのは、改良された新製品の「アンチモールド102」(以下「新アンチモールド」という。)であり、旧アンチモールドと新アンチモールドとは同一ではないから、審決の認定は誤っており、誤ったこの認定に基づく審決は取り消されなければならない。

1  原告は、その製造販売する商品である食品保存剤「アンチモールド102」の組成を、甲第12号証(枝番を省略する。以下、同じ)に記載されている昭和55年当時の「アンチモールド102」(旧アンチモールド)から、甲第16号証(枝番を省略する。以下、同じ)に記載される「アンチモールド102」(新アンチモールド)に変更した。その事情は、次のとおりである。

原告は、昭和62年2月2日付けで、旧アンチモールドの新製品を製造するために、東京通商産業局長に対して、「工業用アルコール売渡請求書別添書類追加届出書」(甲第13号証)を提出した。旧アンチモールドも新製品も、製品名は、いずれも「アンチモールド102」と同一であったが、甲第12号証と甲第13号証とを対比すると明らかなように、①「アルコールの規格」が「95度特級」から「99度1級」に、②「アルコール」と「軽質シリカ」の比が、68.8(重量%)対31.2(重量%)から64.3(重量%)対35.7(重量%)にそれぞれ変更されており、両者の組成は異なっている。

原告は、上記新製品の「アンチモールド102」につき、昭和63年秋、さらに改良を行い、変性方法を「アルコール200リットルにつきフレーバーHNo.1 2キログラム」から「アルコール200リットルにつきフレーバーHNo.4 1キログラム」に改めた(甲第15号証)。これが新アンチモールドであり、原告が本件試験報告書の試験に用いたのは、これである(甲第16号証)。

したがって、旧アンチモールドと新アンチモールドとが同一であるとした審決の認定が誤っていることは明らかである。

2  被告は、旧アンチモールドが、本件発明の特許出願日前の各文献において、本件発明の特許請求の範囲に記載された組成をことごとく備えているから、本件発明が特許出願前公知であったことは明らかである旨主張する。

しかしながら、そもそも、被告が出願前公知の文献により指摘しようとしている旧アンチモールドの基本物性ないし食品保存効果と本件発明の構成要件がどのように対応するのかについては、全く明らかにされていないのであるから、これらをもって、旧アンチモールドと本件発明が同一であるとすることはできない。

3  審決取消訴訟において、審判の手続において審理判断されなかった公知事実の対比における無効原因は、審決を違法とし、又はこれを適法とする理由として主張することができないことは、最高裁判所の判例とするところである(最高裁判所平成11年3月9日第3小法廷判決裁判所時報1239号1頁、最高裁判所昭和51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁)。本件で、特許庁が真に審理判断したのは、平成4年当時の「アンチモールド102(新アンチモールド)であって、昭和55年当時の「アンチモールド102」(旧アンチモールド)については、特許庁は何の審理判断もしていない。

そのため、本件訴訟におけるもともとの争点も、昭和55年当時の「アンチモールド102」(旧アンチモールド)と平成4年当時の「アンチモールド102」(新アンチモールド)とが組成において同一であるか否かにあったのである。被告は、これらが同一であることを推認させる証拠として、旧アンチモールドに関して乙第1号証ないし第6号証を、新アンチモールドに関して乙第7号証ないし第13号証を提出した。しかし、原告が、これらが同一でないことを示す直接的な証拠として、旧アンチモールドについて甲第12号証、第14号証を、新アンチモールドについて甲第13号証、第15号証、第16号証を提出した以上、上記推定は覆ったはずである。

結局、特許庁は、昭和55年当時の「アンチモールド102」(旧アンチモールド)の技術内容について本件発明と対比して審理していないので、原告は改めてこの点につき専門的知識経験を有する審判官による審判を受ける利益を有するものである。

よって、審決は、さらに特許庁における審判を受けるために、取り消されるべきである。

4  被告は、旧アンチモールドの基本物性及び食品保存効果と、新アンチモールドの基本物性及び食品保存効果とが同一であることを根拠に、旧アンチモールドと新アンチモールドは別物ではない旨主張する。

しかし、被告が提出する乙第1号証ないし第13号証に係るデータは、①アルコール担持粉末(内容物)を②小袋に充填した最終製品の物性及び食品保存効果が同一であることを示すにすぎず、アルコール担持粉末(内容物)自体のそれが同一であることを示すものではない。なぜなら、乙第1号証ないし第13号証に示されるデータは、小袋に充填した状態で測定されているのであり、最終製品においては一定の基本物性及び食品保存効果が必要とされるので、①アルコール担持粉末(内容物)を変更するに当たっては、②小袋の材質をも変えることにより、あえて最終製品の性状に変化を生じないようにしているのである。したがって、乙第1号証ないし第13号証は、旧アンチモールドと新アンチモールドとが別物であることを何ら否定し得るものではない。

第4被告の反論の要点

審決の認定判断は、正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

1  本件特許の特許出願日前に頒布された乙第1号証(1979年(昭和54年)原告頒布の「アンチモールド-102」パンフレット)、乙第2号証(昭和54年11月1日包装食品技術協会発行の「食品の包装」第11巻1号「新食品保存料“アンチモールド-102”」117頁~124頁)、乙第3号証(昭和55年8月1日株式会社日報発行の「月刊PACKS8月号」24巻8号中の「アルコール蒸気を利用する新しい食品保存法」163頁~173頁)、乙第4号証(1980年(昭和55年)10月原告発行の「アンチモールド-102技術資料」)、乙第5号証(昭和55年10月25日水産ねり製品技術研究会発行の「水産ねり製品技術研究会誌」6巻4号中の「水産ねり製品に対する“アンチモールド-102”の保存効果について」160頁~162頁)、乙第6号証(1984年(昭和59年)2月原告発行の「アンチモールド Antimold-102」パンフレット)、本件特許の出願日後に頒布された乙第7号証(昭和61年2月1日株式会社食品化学新聞社発行の「月刊フードケミカル」2月号中の「アルコールガスによる食品保存包装剤の応用」84頁~93頁)、乙第8号証(昭和61年3月10日株式会社食品と科学社発行の「食品と科学」4月号中の「アルコール系鮮度保持剤のめん類への応用」110頁~115頁)、乙第9号証(昭和61年12月25日同社発行の「食品と科学」増刊号中の「パン・菓子とアルコール系鮮度保持剤」122頁~127頁)、乙第10号証(1988年(昭和63年)2月原告発行の「アンチモールド-102」パンフレット)、乙第11号証(1992年(平成4年)8月原告発行の「アンチモールド-102」パンフレット)、乙第12号証(平成4年9月1日社団法人日本包装技術協会発行の「包装技術」9月号中の「エタノール蒸気発生剤の進歩」63頁~74頁)、乙第13号証(平成5年10月10日株式会社食品と科学社発行の「食品と科学」11月号中の「アルコールガス発生剤による鮮度保持技術」)は、いずれも原告の商品である食品保存剤「アンチモールド102」について報告しているものである。

これら乙号証に記載された「アンチモールド102」の基本物性のうちの①蒸発速度(20℃と25℃の場合)、②アルコール蒸気による抗酸化テスト及び③食品の水分活性と必要使用量との関係、並びに、食品保存効果のうちの④食品の日持ち効果(カステラと饅頭の場合)、⑤防徽効果及び⑥老化防止に着目して比較すると、基本物性及び食品保存効果のすべてについて、本件発明の特許出願日の前後、すなわち、乙第1号証が発行された昭和54年ころから乙第13号証が発行された平成5年10月ころまでの間を通じて同一である。このように、基本物性及び食品保存効果について一貫して同じデータが示されている以上、「アンチモールド102」は、本件発明の特許出願日前から出願後にわたって、少なくとも昭和54年ころから平成5年10月ころまでの間では、同一物質すなわち同一組成から成っていたことが明らかというべきである。

したがって、「アンチモールド102」を旧アンチモールドと新アンチモールドとに区別し、これらが別物であるとする原告の主張は、失当である。

2  のみならず、原告が主張する旧アンチモールドと新アンチモールドとの相違を前提にしても、本件発明の構成要件との関係においては、両者を同一とみて何ら差し支えないものというべきである。すなわち、多孔性吸着剤である軽質シリカは、旧アンチモールド、新アンチモールドのいずれについても細孔容積約2.8ml/gのものが用いられ、またこれに担持されるエタノールは、旧アンチモールドでは95度特級であり、新アンチモールドでは99度1級であるから、両者は、これらの点につき、本件発明(細孔容積は0.6ml/g以上、エタノール濃度は80容量%以上)との関連においては、何ら違いがなく、同一であるとみて差し支えない。

本件発明の要件の一つである「常温下に水分活性が0.60~0.95の食品」の点については、本件出願前に頒布された乙第1号証ないし第6号証に、旧アンチモールドを用いて、水分活性が上記範囲にある食品について、その水分活性を数多く測定しているから、旧アンチモールドがこの要件を満足することは明らかである。もう一つの要件である、それと「共存させた状態において測定した平衡含水率」の具体的数値は、記載がないものの、本件明細書に記載されているとおり、細孔容積が1.1ml/g以上の多孔性吸着剤は、相対湿度59~89%(常温下での水分活性値が0.59~0.89に相当する。)のすべての範囲で平衡含水率が25重量%以下となっている(細孔容積が大きくなるほど平衡含水率は小さくなっている)事実からみて、2.8ml/gの細孔容積を有する旧アンチモールドの平衡含水率は25重量%を大幅に下回り、したがって、「平衡含水率が28重量%以下」の要件を満足することに疑義はない。このように、原告の主張を前提にしても、旧アンチモールドは、本件発明の特許請求の範囲に記載された要件のすべてを満足するから、本件発明が本件出願前に公然実施されていたことは明らかである。

3  原告は、乙第1号証ないし第6号証による旧アンチモールドの基本物性と食品保存効果が、乙第7号証ないし第13号証による新アンチモールドの基本物性と食品保存効果と同一であるのは、旧アンチモールドと新アンチモールドが別物であるにもかかわらず、それらを充填する小袋の材質を変えたためであると主張する。しかし、旧アンチモールドと新アンチモールドが別物であるとすると、それを充填する小袋の材質を変えることだけで、上記のように異なる種々の基本物性や食品保存効果をすべて一致するようにできたことになる。このようなことは、にわかには信じ難いことである。

第5当裁判所の判断

1  審決の認定判断について

原告が、本件発明に係る特許異議事件における平成4年8月12日付けの答弁書(甲第4号証)の中で、「なお、本願発明による二酸化ケイ素(本願公告公報の第6欄吸着剤No.5のもの)およびこれを小袋に充填して商品としたもの(アンチモールド102)3g品について甲第1号証実施例7と同一条件で測定した結果(但し約2倍の量で実験したもの)(乙第4号証)を参考のため提出する。」と記載し、当該アンチモールド102の効果に係る資料として、本件試験報告書を提出したことは、当事者間に争いがない。

甲第2号証の1によれば、本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明の実施品に関する食品の保存試験の結果が記載され、第1表のNo.5(6欄)には、本件発明の実施品の一つとして、吸着剤組成を「二酸化珪素」とし、その細孔容積を「2.0ml/g」とする吸着剤が掲載されていることが認められる。

上記各事実を総合すれば、原告が本件試験報告書に使用したアンチモールド102(新アンチモールド)は、本件発明の実施品であることが優に認められ、かつ、このことは、原告も争っていないものと思われる。

他方、原告が、昭和55年当時、「アンチモールド102」と称する食品保存剤(旧アンチモールド)を製造販売していたことは、当事者間に争いがない。

審決は、上記新アンチモールドと旧アンチモールドとを対比し、「製品名が同じであれば同じものとみるのが技術常識である」との理由で、新アンチモールドと旧アンチモールドとは組成において同一であると認定し、これを前提に、本件発明はその出願前に日本国内において公然実施された発明であると認定判断した(前記第2の3参照)。

原告は、上記認定判断を争い、昭和62年に、昭和55年当時の「アンチモールド102」(旧アンチモールド)の組成を変更して新製品とし、昭和63年秋には、さらに改良を加えて新アンチモールドとしたから、新アンチモールドは、旧アンチモールドと名称は同じでも組成において同一ではない旨主張するので、以下検討する。

2  新アンチモールドと旧アンチモールドの組成における同一性について

(1)  新アンチモールドと旧アンチモールドとが同一の組成であることは、次のとおり、昭和55年から平成4年までの間、アンチモールド102の基本的物性及び食品保存効果に変更がないことから、強く推測されるところである。

(ア) 乙第4号証(1980年(昭和55年)10月発行)の1頁には、横軸を時間、縦軸を気化率とするアンチモールド102の20℃における蒸発速度の変化がグラフで示されており、これと、乙第7号証(1986年(昭和61年)2月1日発行)の87頁、乙第8号証(1986年(昭和61年)3月10日発行)の112頁にそれぞれ示された横軸を時間、縦軸を気化率とするアンチモールド102の20℃における蒸発速度の変化のグラフを対比すると、全く同一である。

(イ) 乙第6号証(1984年(昭和59年)2月発行)の2枚目には、横軸を時間、縦軸を気化率とする1g、2g、4g又は6gのアンチモールド102の25℃における蒸発速度の変化がグラフで示されており、これと、乙第10号証(1988年(昭和63年)2月発行)、乙第11号証(1992年(平成4年)8月発行)の各2枚目に示された横軸を時間、縦軸を気化率とする1g、2g、4g又は6gのアンチモールド102の25℃における蒸発速度の変化のグラフを対比すると、全く同一である。

(ウ) 乙第4号証(1980年(昭和55年)10月発行)の5頁には、横軸を日数、縦軸をカロチン残存率とする1g入り、2g入り又は3g入りのアンチモールド102の37℃におけるアルコール蒸気による抗酸化の度合いの変化がグラフで示されており、これと、乙第12号証(1992年(平成4年)9月1日発行)の71頁に示された横軸を日数、縦軸をカロチン残存率とする1g入り、2g入り又は3g入りのアンチモールド102の37℃におけるアルコール蒸気による抗酸化の度合いの変化のグラフを対比すると、全く同一である。

(エ) 乙第6号証(1984年(昭和59年)2月発行)の5枚目には、横軸を水分活性、縦軸をアンチモールド102のg数とする食品100g当たりのアンチモールド102必要量曲線がグラフで示されているが、これと、乙第10号証(1988年(昭和63年)2月発行)、乙第11号証(1992年(平成4年)8月発行)の各5枚目に示された横軸を水分活性、縦軸をアンチモールド102のg数とする食品100g当たりのアンチモールド102必要量曲線のグラフを対比すると、全く同一である。

また、乙第3号証(1980年(昭和55年)8月1日発行)の172頁には、横軸を水分活性、縦軸をアンチモールド102のg数とする食品100g当たりのアンチモールド102必要量曲線がグラフで示されており、これと、乙第9号証(1986年(昭和61年)12月25日発行)の126頁、乙第12号証(1992年(平成4年)9月1日発行)の70頁に示された横軸を水分活性、縦軸をアンチモールド102のg数とする食品100g当たりのアンチモールド102必要量曲線のグラフを対比すると、曲線の状態がほぼ同一である。

(オ) 乙第3号証(1980年(昭和55年)8月1日発行)の170頁、乙第4号証(1980年(昭和55年)10月発行)の11頁には、水分活性Awを0.845に調整したカステラ100gに対し、アンチモールド102無添加、0.25g、0.5g、0.75g、1.0g、1.25g添加の場合の0日から60日までの日持ち効果が表で示されており、これと、乙第13号証(1993年(平成5年)10月10日発行)の98頁に示された水分活性Awを0.845に調整したカステラ100gに対し、アンチモールド102無添加、0.25g、0.5g、0.75g、1.0g、1.25g添加の場合の0日から60日までの日持ち効果の表を対比すると、全く同一である。

乙第3号証(1980年(昭和55年)8月1日発行)の171頁、乙第4号証(1980年(昭和55年)10月発行)の11頁には、水分活性Awを0.89に調整した饅頭100gに対し、アンチモールド102無添加、0g、0.5g、0.75g、1.0g、1.25g、1.5g、1.75g、2.0g添加の場合の0日から60日までの日持ち効果が表で示されており、これと、乙第13号証(1993年(平成5年)10月10日発行)の98頁に示された水分活性Awを0.89に調整した饅頭100gに対し、アンチモールド102無添加、0g、0.5g、0.75g、1.0g、1.25g、1.5g、1.75g、2.0g添加の場合の0日から60日までの日持ち効果の表を対比すると、全く同一である。

(カ) 乙第2号証(1990年(昭和54年)11月1日発行)の118頁、乙第3号証(1980年(昭和55年)8月1日発行)の164頁、乙第4号証(1980年(昭和55年)10月発行)の2頁には、クリームをカステラでロールしチョコレートで包んだものについて、アンチモールド102無添加、2g、3g添加の場合の57日から150日までの黴の生育のデータが示されているが、これと、乙第12号証(1992年(平成4年)9月1日発行)の72頁に示された同じ食品についてのアンチモールド102無添加、2g、3g添加の場合の57日から150日までの黴の生育のデータを対比すると、全く同一である。

(キ) 以上によれば、乙第1号証ないし第13号証に記載された「アンチモールド102」は、その基本的な物性である蒸発速度(20℃と25℃の場合)、アルコール蒸気による抗酸化テスト、食品の水分活性と必要使用量との関係、また、食品保存効果である食品の日持ち効果(カステラと饅頭の場合)、防徽効果と老化防止についてデータが同一であるということができる。このように、基本物性及び食品保存効果について一貫して同じデータが示されている以上、同じ基本物性及び食品保存効果であっても組成が相違することがあり得ると認めるに足りる特別の事情がない限り、「アンチモールド102」は、本件発明の特許出願日前から出願後である平成4年ころまで、その組成が変わっていなかったものと認定すべきである。

(2)  しかも、前記のとおり、原告は、昭和59年11月3日に特許出願された本件発明について、特許異議申立てに対する防御方法の一つとして、本件発明の実施例の一つである第1表のNo.5の吸着剤に無水エタノールを加えて小袋に充填したものが「アンチモールド102」という商品であり、顕著な効果があるとして本件試験報告書を提出しているのであるから、本件試験報告書において試験された「アンチモールド102」は、少なくとも物質としては、本件発明が特許出願された昭和59年11月3日当時既に存在したものでなければならない筋合いである(第1表のNo.5の吸着剤が出願当初の明細書に記載されていることは、乙第14号証及び弁論の全趣旨により明らかである。)。そうすると、これが昭和62年、同63年と2度にわたって改良された新アンチモールドであるとする原告の主張は、了解することの極めて困難なものという以外にないことになる。

(3)  上記特別の事情に関し、原告は、旧アンチモールドとその新製品(昭和62年2月2日付け「工業用アルコール売渡請求書別添書類追加届出書」の提出により実現しようとしたもの)は、いずれも「アンチモールド102」という同一の製品名であったが、甲第12号証と甲第13号証とを対比すると明らかなように、①「アルコールの規格」が「95度特級」から「99度1級」に、②「アルコール」と「軽質シリカ」の比が、68.8(重量%)対31.2(重量%)から64.3(重量%)対35.7(重量%)に変更されており、これらの組成において異なっている旨主張する。

甲第13号証(昭和62年2月2日付け工業用アルコール売渡請求書別添書類追加届出書)によれば、原告は、昭和62年2月2日付けで、東京通商産業局長宛てに工業用アルコール売渡請求書別添書類追加届出書を提出したこと、同書類には、「新製品製造の為」に、食品添加剤に使用する99度1級アルコールを追加届出する旨、その製品名は「アンチモールド102」、アルコールの規格は「99度1級」とする旨が記載されていることが認められる。

ところが、乙第10、第11号証によれば、原告が昭和63年2月及び平成4年8月に発行した「アンチモールド-102」パンフレットには、「アンチモールド102は、発酵エチルアルコール特級を使用しています。」と記載されていることが認められ、他方、乙第6号証によれば、原告が昭和59年2月に発行した「アンチモールド Antimold-102」パンフレットにも、「アンチモールド102は、発酵エチルアルコール特級を使用しています。」と記載されていることが認められるから、これらのパンフレットの記載でみる限り、アンチモールド102に使用されるアルコールに、原告主張の変更は認められないことになる。他にも、原告が上記「99度1級」のアルコールを使用して、アンチモールド102を製造したことを裏付ける証拠はなく、その他、本件全証拠を検討しても、原告が、前記届出書に沿って旧アンチモールド102を改良した形跡を感知させる資料を見出すことはできない。

したがって、原告の上記主張は、その余の点について検討するまでもなく、採用できないことが明らかである。

さらに、原告は、旧アンチモールドと新アンチモールドの基本物性及び食品保存効果とが同一であっても、これは、最終製品においては一定の基本物性及び食品保存効果が必要とされるので、アルコール担持粉末(内容物)を変更するに当たっては、小袋の材質をも変えることにより、あえて最終製品の性状に変化を生じないようにしているのであるから、乙第1号証ないし乙第13号証は、旧アンチモールドと新アンチモールドとが別物であることを何ら否定しうるものではない旨主張する。

しかしながら、アンチモールド102の組成が相違したとすると、どのようにして、それらを充填する小袋の材質を変えただけで、多岐にわたる基本物性及び食品保存効果のすべてを、同一にすることができたのか不明であり、これを示唆する証拠も見出せない。また、仮に、充填する小袋の材質を変えて、多岐にわたる基本物性及び食品保存効果のすべてを同一にすることができたとしても、何故に、そのようなことをしなければならなかったのかについての原告の主張も、十分な説得力を持つものではない。原告の上記主張も、採用できない。

他にも、前記特別の事情に該当する事実は、本件全証拠を検討しても見出すことができない。

3  旧アンチモールドと本件発明との対比について

原告は、被告が出願前公知の文献により指摘しようとしている旧アンチモールドの基本物性ないし食品保存効果と本件発明の構成要件がどのように対応するのかについては、全く明らかにされていないのであるから、これらをもって、旧アンチモールドと本件発明が同一であるとすることはできない旨主張する。

しかしながら、審決において、新アンチモールドが本件発明の実施品であることを認定したうえ、これを前提に、新アンチモールドと旧アンチモールドとを対比して、組成において同一であると認定したものであることは、審決書の記載自体から明らかであり、そうだとすれば、本件発明の実施品である新アンチモールドと組成において同一の旧アンチモールドが本件発明の構成要件を具備することは明らかであり、そのうえ、さらに基本物性や食品保存効果を論ずることは、無用のことという以外にない。原告の上記主張は、採用の限りでない。

4  結論

以上のとおりであるから、原告主張の取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

そこで、原告の本訴請求を、理由がないものとして棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

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